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札幌高等裁判所 昭和32年(う)358号 判決

控訴人 被告人 海山幸治 藤村春男こと崔龍出

弁護人 中島一郎

検察官 吉良敬三郎

主文

原判決を破棄する。

本件を旭川地方裁判所に差戻す。

理由

本件控訴の趣意は弁護人中島一郎及び被告人提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論は控訴趣意第一点において、原審における訴訟手続の法令違反を主張し、被告人は同人に対する傷害暴行被告事件において私選弁護人として工藤祐造を選任し、又同人に対する殺人及び強姦致傷被告事件において私選弁護人として宮岸友吉を選任したところ、右両被告事件は併合決定により旭川地方裁判所で併合審判されたのであるが、同裁判所は右私選弁護人工藤祐造の存在を無視して、弁護人宮岸友吉のみの立会の下に右両事件を審理判決し、右併合決定以後右判決に至る迄、右弁護人工藤祐造に右公判立会の機会を与えなかつたのは、まことに遺憾であつて、弁護権を不法に制限したものであると主張し、控訴趣意第二点において原判決の事実の誤認を主張し、原判示第一乃至第三の傷害暴行は被告人の心神喪失中の所為であり、原判示第四は強姦の犯意のない単純な傷害行為であり、原判示第五は傷害致死にすぎないと主張し、控訴趣意第三点において原判決の量刑不当を主張する。

よつて本件記録を調査すると、被告人に対する傷害暴行被告事件につき昭和二八年四月二五日盛岡地方裁判所に公訴の提起があり、私選弁護人として工藤祐造が選任せられ、(同年六月一九目保釈許可決定)右事件の公判審理中のところ、其の後右被告人に対する殺人及び強姦致傷被告事件の公訴が旭川地方裁判所に提起せられ、私選弁護人として弁護士宮岸友告が選任せられ、右両事件は併合決定により本件原裁判所たる旭川地方裁判所で併合審判されたことは明かである。さて私選弁護人の選任は原則として個々の事件についてすべき厳格な要式行為であつて、一の事件についてした弁護人選任の効力が当然同一被告人の他の事件に及ぶことはない。ただ弁護人を選任した後、同一裁判所に追起訴があつて併合審判される場合は、刑事訴訟規則第一八条の二の特別規定によつて、その選任の効力が追起訴事件にも及ぶのである。従つて相異なる裁判所に夫々別個に公訴の提起があつて別個に審判される場合は同条の適用がない。然しこの場合でも、其の後右両事件につき併合決定があつたときは、該決定発効のときにおいて右決定後併合審判すべき裁判所に対し併合審判さるべき事件につき追起訴があつたと同様の取扱をなすべき法意と解するを相当とする。蓋し右特別規定が、主として被告人の利益と併合審判手続の円滑な進行を計るために通常の場合における被告人の意思を推測して規定されたものであることは同条の規定自体からも容易に推知し得るところであつて、この立法の趣旨に鑑み、右の如く解するを相当とするからである。されば被告人において右特別規定の適用を阻む旨の申述を積極的にしない限り右併合審判裁判所に従来係属する事件につき選任された弁護人はこれに併合さるべき事件についても併合決定の発効のときにおいて弁護権を取得するのであるが、しかしかく解しても、このことにより併合された他の事件についてすでに他の弁護人が選任されている場合にはその弁護人の弁護権が当然に消滅するとなすべきいわれは毫もない。これを本件について考えてみると、弁護人工藤祐造については併合決定の前後に亘り同弁護人において辞任し又は被告人においてこれを解任した形跡がなくかつ被告人において刑事訴訟規則第一八条の二の適用を阻む旨の積極的申述をした形跡も認められないから、右併合事件には宮岸友吉及び工藤祐造の二名の弁護人のあることは明らかであつて、かかる場合に原裁判所は当然刑事訴訟法第三三条同規則第一九条乃至第二一条に従い主任弁護人を定めなければならないことは勿論である。然るに本件記録を精査しても原審において主任弁護人指定の手続が行われた形跡が全くない。のみならず原裁判所は弁護人工藤祐造の存在を全く無視し、同人には終始公判期日の通知をしないで右公判立会の機会を与えず、ただ弁護人宮岸友吉のみの立会の下に右両事件を併合審理して原判決を言渡したことは本件記録上明らかである。かくの如く二名の弁護人がある場合に、併合決定以後その内一名の弁護人が終始右公判審理に立会したとしても、刑事訴訟法及び同規則に定めた主任弁護人指定の手続をしないのみならず、他の一名の弁護人に対して右併合審理の頭初から公判期日の通知をしないで、同弁護人に右公判立会の機会を全く与えないことは、被告人の弁護権を不法に制限したもので刑事訴訟法第三三条及び同法第二七三条第三項に違反し、判決に影響を及ぼすこと明らかな訴訟手続の法令違反があるものといわなければならない。従つて原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて事実誤認及び量刑不当に関する控訴趣意に対する判断を省略して、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三七九条により原判決を破棄し、更に本件につき前記手続を明確にして審理判決する要あるものと認め、同法第四〇〇条本文により本件を原裁判所たる旭川地方裁判所に差戻すこことし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊川博雅 裁判官 羽生田利朝 裁判官 中村義正)

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